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入局者の声

前田医師

昭和大学を卒業し、2009年に入局されました。大学病院で研修を開始し二か所の関連病院を回り現在再び大学病院に戻ってきました。そんな前田医師に産婦人科医になるまでの道程と関連病院での研修を中心に話を伺いました。

-- 学生時代はどういう生徒だったんですか?

小学校から高校までエスカレータ式の男子校。大人社会に対して、いかにスマートに抗うかを考えて生活していました。職業として小児科医になりたかったので医学部を目指し一浪して昭和大学へ入学しました。周りがみんな頭がよくてびっくりしたことが一番の感想です。一応体育会系の部活に入り一応国家試験に受かって研修医になりました。

-- 研修医はどこでされたんですか?

昭和大学横浜市北部病院です。何となく小児科医になるんだろうなあ、と思っていたので、尊敬する梅田教授の北部病院に最終的に決めました。

-- でも、小児科医にはならなかった、と。

そうですね、研修初日に諦めました。アレルギー性紫斑病の腎障害合併率は何%と上級医に聞かれて。あ、小児科はどこよりも勉強が必要な科なんだ、と。

-- 産婦人科に興味を持ったのは研修医の時ですか?

実は研修医時代ではなくて、5年生のポリクリの時です。小児科以外に興味ある科がはじめてできたのはその時がはじめてでした。6年生で聖隷浜松病院での1ヶ月のポリクリでより気持ちを強くしました。

-- 研修医時代はどうでしたか?

元々2ヶ月回る予定で、春先回ったところで産婦人科医になることに決めました。何も疑問なく昭和大学の医局を選択しました。

-- 何で昭和大学の産婦人科医局を選んだのですか?

入局1年目の半年で特に産科の基礎をたたき込んでくれると聞いていたので。たたき込んでもらえば、一人での当直も少しは自信になると思いましたし。

-- 本院での5ヶ月はどうでしたか?

産科3ヶ月最初に回り、分娩管理を徹底的にたたき込んでもらえました。昭和大学病院は他大学に比較し、ハイリスクでない分娩も沢山扱っています。故に新入局員でも分娩管理に携わりやすい面があります。よって扱える分娩数の数だけ経験値は増えると思います。勿論ハイリスクの分娩管理も沢山ありますが。当時は採血や点滴は全て医師が行っていたのですが、現在は看護師が行ってくれているので、大分楽になったのではないか、と思います。

-- その後の分院での研修はどうでしたか?

初期研修を行っていた病院で17ヶ月勤務しました。NICUの体制がしっかり整っている病院であったので、産科の患者が多かったです。チーム制でバックアップを受けつつ、同時に主治医として医療を行っていたので、安心しながら主体的に仕事に取り組むことができました。

-- 市中病院での研修はどうでしたか?

水戸にある基幹病院で働いていました。医療過疎の茨城県の中でも県央と県北地域で婦人科ではハード面でもソフト面でも一番充実した病院です。なので婦人科病院としては最後の砦でしたので、悪性腫瘍、婦人科救急疾患、良性疾患と様々な症例を経験することができました。前期出張で、産科婦人科まんべんなく勉強できて、医局長の心遣いに感謝です。

-- 産婦人科専門医を取得し、今後はどうすることを考えていますか?

まだサブスペシャリティーは決めていません。但し、将来関連病院で地域医療に貢献したいと思っています。まだまだ産科婦人科共に底上げが必要だと感じています。底上げと共に1本サブスペシャリティーの柱を築いていこうと思います。

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