そけいヘルニアinguinal hernia


そけいヘルニアって何だろう?

そけいヘルニア(いわゆる脱腸)は小児外科で扱う最も頻度の高い病気です。
ここでは、そけいヘルニアとはどのような病気なのか?についてお話します.

 お腹の壁の一番内側は腹膜という袋に包まれています.お子さんがお母さんのお腹の中にいる頃,胎生3ヵ月のはじめにこの袋の一部(腹膜鞘状突起:ふくまくしょうじょうとっき)がお腹の壁にある左右2つの穴を通って陰嚢(いんのう)あるいは陰唇(いんしん)のほうへ伸びていきます.その後,男の子では睾丸がこの鞘状突起に沿って下降し,胎生7〜8ヵ月で陰嚢内へ到達します.そして胎生9〜10ヵ月には,この腹膜鞘状突起は自然に閉鎖し,生まれる頃にはつぶれて消えてしまいます.ところが,生まれた時にこの袋がそのまま残っていることがあります.これを鞘状突起の開存といいます.これがそけいヘルニアの原因となります.泣いたりしてお腹に力が加わった時に,お腹の中の腸や卵巣がこの袋の中へ出ると,そけいヘルニア(いわゆる脱腸)となります.

 一般に,健康な人の20〜50%はこの袋,つまり鞘状突起が開いたままで残っていますが,ヘルニアになる人は全体の1.6〜6%にすぎません.つまり鞘状突起の開いている人の3-20%の人しかヘルニアになりません.それではなぜヘルニアが起こるのでしょうか.それはお腹の壁の筋肉やその周りの組織がお腹の壁にある穴を圧迫し,ヘルニアになるのを防いでいるからです.つまり,これらの組織が正常であれば鞘状突起が開いていてもヘルニアは起こりません.ところが筋肉や組織が弱いと圧迫が不十分となり,ヘルニアが起こると考えられています.未熟児はこれらの組織が弱いため普通の新生児に比べて,2倍以上の頻度でヘルニアが出現します.また,腹膜鞘状突起が自然に閉じる時期よりも早く生まれる未熟児は,生直後には鞘状突起の開存状態であり,ヘルニアが出現し易いのです.しかし,発育に伴いこれらの組織が発達し,また,鞘状突起そのものが自然に閉じてヘルニアが出なくなることもあります.このように鞘状突起開存とヘルニアは同じではありませんが,鞘状突起開存はヘルニアが出るためには必ず必要なもので,この開存なしにヘルニアが出ることはありません.

 そけいヘルニアの症状としては,泣いたり力んだりした時にそけい部(下腹部)に膨隆(ふくらみ)が現れます.通常痛みはありません.手で圧迫すると,お腹の中に入り,消失することもあります.このような場合,緊急に処置をする必要はありません.ただ,1つだけ注意しておきたいことは,ヘルニアの嵌頓という状態です.これはヘルニアの袋内へお腹の中の臓器(多くは腸)が脱出し,もとに戻らず,血行障害を起こした状態をいいます.この場合,そけい部の皮膚が赤く,触ると痛みがあり,さらに嘔吐を伴うこともあります.嵌頓が疑われる場合は手術が必要なこともありますので,最寄りの専門医(小児外科)を受診して下さい.


そけいヘルニアは自然に治るの?

 そけいヘルニアはどのくらいの頻度で,また,いつ頃までに治るのでしょうか? 今回はその疑問に答えるために私達のデータの一部を紹介します.
 当施設では,超音波検査によるそけいヘルニアのスクリーニングを行っています.スクリーニングの行われた赤ちゃんから得たデータをもとに,これらの問題を考えてみましょう.まず,生後1ヵ月までの赤ちゃんの超音波検査からわかる腹膜鞘状突起(お子さんがお母さんのお腹の中にいる頃に腹膜の一部がお腹の壁にある左右2つの穴を通って袋のように伸びている突起で,そけいヘルニアの原因となります)の開存を,生まれた時の体重(生下時体重)と在胎週数との関係からみてみましょう.
 生まれた時の体重が2500g未満のいわゆる低出生体重の児は,その55%に腹膜鞘状突起の開存がみられました.さらに,その36%の児に明らかなお腹の中の臓器の脱出(いわゆる脱腸)がありました.一方,生下時体重2500g以上の正常体重の児は,腹膜鞘状突起開存が43%にみられ,そのうち18%の児に脱腸がありました.
 また,在胎週数との関係をみてみますと,在胎週数22週から36週で生まれたいわゆる早産児は,54%に腹膜鞘状突起開存がみられました.また,その40%に明らかな脱腸がありました.一方,在胎37週以上で生まれた満期産児は,45%の腹膜鞘状突起開存があり,その17%の児に脱腸がありました.
 つまり,生まれた時の赤ちゃんは,その約半数に腹膜鞘状突起開存があり,さらに体重が小さく,予定日より早く生まれると明らかな脱腸が出現しやすくなります.

 それではこの腹膜鞘状突起の開存は成長するにつれてどのように変化するのでしょう?腹膜鞘状突起の開存があった低出生体重児の経過をみてみますと,81%は自然に治癒(閉鎖)しました.また,鞘状突起開存があった正常体重児は,その69%に自然治癒が認められました.同様に,鞘状突起開存があった早産児は,その91%に自然治癒があり,満期産児の67%にも自然治癒がありました.つまり腹膜鞘状突起の開存があった赤ちゃんのなんと78%が自然治癒したことになります.(腹膜鞘状突起の開存は,そけいヘルニアの原因にはなりますが,すべてがヘルニアになるわけではありません.)また,これらの自然治癒は,平均生後8ヵ月時までに起こっています.

 以上のことから,生後早い時期から腹膜鞘状突起開存(いわゆる脱腸)がみられてもすぐに処置する必要はなく,少なくとも生後8ヵ月時までは外来などで経過を診ることをおすすめします.しかし,自然治癒がみられなかった時は,1才までには病気を治すように心がけましょう.手術そのものは20分程度で終わる簡単なもので,手術の跡はほとんどわからなくなります.また,子どもは大人と違ってあまり痛がらないので,手術を行ったその日から自由に遊ぶことができます.麻酔は,お子さんの安全を考えて全身麻酔で行います.



そけいヘルニアの手術痕


そけいヘルニアの手術の痕はどんな傷になるのでしょうか?

 手術の最大の欠点は手術痕(傷)が残ることです。そこで当科の方針としては、冒頭で述べましたように整容性に配慮し、できるだけ目立たない傷にすることを心がけています。その一端をそけいヘルニアを例にとってお話します。

 昔の手術創は安全性を考えて、創を大きく、しかも創を閉じる段階では手術時間(特に麻酔時間)をできるだけ短縮させる必要性から整容性は二の次で、非常に目立つ傷となっていました。また、「手術の傷は勲章である」などと言って、ほとんど気にも止めていなかった時代があります。しかし、最近は、(特に小児では)ハンディとなる手術創はできるだけ小さく、目立たないようにする配慮が必要となってきました。
 一般に手術後は傷をガーゼで覆い、毎日消毒するものと考えられていますが、実は全く必要のないことなのです。当科では清潔操作で行われるヘルニア手術は術後よりフィルムで創部を完全にカバーし、手術翌日からお風呂も自由に入れるようにします。当然消毒の必要はありません。また、傷を縫う場合は吸収される糸を使い、真皮埋没縫合という手技で皮膚の表面には糸が出ないようにしています。このため抜糸の必要もありません。手術翌日には退院となり、運動制限も必要ありません。術後1週間目に外来で傷を確認して終わりとなります。


 
真皮埋没縫合後 透明なフィルムでカバーする
手術終了時 術後の外観







昭和大学医学部 外科学講座
小児外科学部門

ルダークリニック

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