母乳バンクの必要性について

 母乳栄養は新生児・乳児にとって最適の栄養です。母乳栄養の重要性は特に早産低出生体重児で顕著であるため、未熟性が強い早産低出生体重児を管理するNICU(新生児集中治療室)では、母乳栄養をすすめることの意義が児の疾病リスク軽減の観点から非常に重要視されています。特に超早産児(在胎28週未満出生の早産児)においては、壊死性腸炎などのリスクを最大限減らすためには、人工栄養では代替えできないと考える小児科医・新生児科医が多いのではないかと思います。また、DOHaDとの関連においても、母乳栄養には様々な長期的な疾病リスクを軽減する効果が示唆されており、そのメリットは計り知れません。

母乳栄養と将来の肥満リスクに関しては下記の記事をご覧ください。

 

 一方で、時に重症のミルクアレルギーなど児側の要因や、授乳中の母体への投与薬剤、母乳の分泌量などの問題で、十分な母乳栄養を継続できない例が存在することは事実です。母乳栄養の利点を伝えることは重要ですが、このことが母乳栄養を継続できない母親に対しての過度なプレッシャーとなることは回避しなければいけません。母乳栄養の意義を啓発することと同じように、母乳が得られない状況にどう対応していくのかという問題、母乳栄養を断念せざるを得ない母親への心理的サポートは重要視されるべきでしょう。

 早産低出生体重児で母乳栄養の利点が非常に高いと判断される場合、言い換えれば人工乳の使用に大きなリスクがあると主治医が考える場合には、多くの施設で過去には”もらい乳”がなされていました。これはすなわち、他のお母さんから母乳をもらう行為です。しかし”もらい乳”には母乳を介した感染症伝搬のリスクがあるため、必ずしも推奨される行為ではありません。現在の日本のNICUでは、”もらい乳”は限定された施設・症例で行っているのが現状です(施設によっては最大限感染症に対する配慮を行ったうえで”もらい乳”を行ってる施設もあります)。

 WHOは極低出生体重児(出生体重が1,500g未満の児)など、未熟性の強い児に対する経腸栄養をすすめるにあたりお母さんの母乳が十分に得られない場合には、donor human milk(ドナーから提供された母乳)を使用すべきであることを推奨しています。実は世界的には、ドナーからの提供を受けた母乳を保存し、感染症のリスクの有無を評価し安全性の確保できた母乳のみを必要な施設に提供するという、いわゆる「母乳バンク」が設置されている国がたくさんあるのです。これは献血をもとに、必要な病院に輸血を提供する”日本赤十字社”の役割に近いものですが、残念ながら日本には対外的に母乳を提供できる正式な母乳バンクはないのが現状です。最近の報告では、日本の新生児科医の70%以上が日本にも母乳バンクが必要であると考えているようです。

 現在、昭和大学小児科では、昭和大学江東豊洲病院で母乳バンクの設立に向けた準備が進んでいます。水野克己先生を中心に行っているこの母乳バンク設立が実現すれば、より多くの施設にdonor human milkを提供することが可能となり、多くの早産低出生体重児がその恩恵をうけることができるようになるでしょう。母乳栄養には急性期のみならず長期的な疾病リスクを軽減する"DOHaD"的な効果も示唆されていますから、その意義は非常に大きいものと思われます。母乳栄養がもつ疾病リスク軽減効果については、別の機会に取り上げたいと思います。

Mizuno K, Sakurai M, Itabashi K. Necessity of human milk banking in Japan: Questionnaire survey of neonatologists. Pediatrics Int 2015; 57: 639-644.

 

2017年06月05日